紫波サイダー物語 6

I

「サイダーを作りたい」などという目標で物事を始めると、自分のいる位置と目指す位置のギャップに直面する。友人や隣人、そして地域のためにサイダーを作りたいと思う、その地域の助けを得ながら、情報と経験談の橋を渡れば、そのギャップは越えられるものだと見え始めてきた。

 それでも、僕はお詫びから始めたい。今月の記事のために僕達は、世界に名立たる人物2人に経験談や見識を聞いたのだが、以下ではほんの一端しか紹介していない。僕達の起業の過程を物語のような流れで紹介したいので、テーマに合わせてインタビューを分割することにしたからだ。つまり、これらインタビューの一部は後の記事に出て来ることもあるが、出て来ない部分も、僕達を助けてくれるその他多くの人々からの助言と同様に、これから事業を築いていく上でのレンガとモルタルになっていく。

II

紫波町図書館の主任司書、手塚美希さんにインタビューをした。

 紫波町図書館に行ったことがあれば、彼女のことをご存知だろう。背が高く、優しくて知識が豊富な彼女は、落ち着いた優雅さで本棚の間を滑り抜ける。しかし、図書館を建てるために紫波に来る前、生命に関わる病気を克服してきたことは、あまり知られていないかもしれない。「紫波サイダー物語3」で八重嶋さんにインタビューした時、手塚さんに相談するように勧められたので、紫波町図書館がどのように起業家を支援できるのかについて、彼女にインタビューした。答え:ギャップを越えるのに必要な情報と起業家を結び付けること。

 

秋田にいた時に、ビジネス支援をしたと聞いた。

浦安市立図書館は、日本でビジネス支援を最初に始めた図書館の1つで、秋田県立図書館もそうだった。偶然だが、両方の図書館に勤めた。

 浦安では、弁理士や中小企業診断士などを呼んで起業志望の人のための相談会を開催していたが、秋田では、レファレンス(調査・相談)サービスでビジネスを応援していた。秋田には農家が多いが、その中に自分達の農作物を差別化したい、消費者への直接販売などで販路を拡大したい、または付加価値を付けたい、という農家がいた。その人達はブランド化を支援するコンサルタントに相談し、そのコンサルタントが図書館に来た。

 その地域の土壌は、さくらんぼを美味しくする土壌だという歴史的な根拠が欲しい、と相談された。そのコンサルタントは、全国的に有名な山形のさくらんぼよりもここのさくらんぼの方が美味しいのだということを宣伝できる物語を作りたいと考えていた。

紫波町図書館でも同様のサービスはあるか?

やってはいるが、上述のような相談はまだあまりない。例えば、ある農家の方は、祖父母がやっていたような味噌作りをするために、麦芽を使った水飴の作り方を知りたい、と尋ねてきた。農業関係のデータベースで調べて、何通りかの作り方を紹介した。

 紫波町図書館は小さな図書館だが、どんな情報も探せるグローバルなネットワークがある。

僕達がサイダリーを始める上で、どんな支援をしてもらえるか?

私達は客観的な情報を提供するだけで、その情報をどのように使うかは、皆さん次第。必要な情報が載っている本や論文などを紹介できる。また、過去5年間で築いてきた人や団体のネットワークがあるので、皆さんのニーズに合う人とのマッチングもできる。相談がある時は、図書館に来て欲しい。私達も質問しながら、どのようにお手伝いできるかを探っていく。

相談するには予約が必要か?

予約は要らない。レファレンスに2交代制でいるので、いつ来てもらってもよい。医療に関する助言や診断、物の鑑定などはできないが、どこでそれらに関する情報を得られるかは紹介できる。私達は実際の作業はしない。親御さんが子供の宿題をやってほしい、と頼みに来ることがあるが、その時は、調べ方を教えるのでお子さんを連れて来てほしい、と答えている。

III

岡崎正信さんは紫波で有名な事業家だ。彼は多くの会社を経営しており、「アドボート・ジャパン」もその1つ。

 東日本大震災では多くの漁業者が漁船を失った。震災後に設立されたこの会社は、被災地支援を希望する国際的なアパレルブランドといった企業と被災漁業者との仲介役をした。F1レースの車のように広告を漁船に掲示する形で、1艘当たり最高で約300万円の支援を集めた。

 僕達がインタビューをした時は、一定の目標を達成したとして、この会社を解散するところだった。この会社での経験及びその他の経験を基に、岡崎さんは僕達に様々な助言をくれた。それらは、良い商品を作ること、そして商品を売るために物語を語れること、だ。

成功している事業家として、僕達がサイダリーを始めるにあたってのアドバイスを。

事業を始める上で大事なことは2つ。1つは、消費者が欲しいと思う良いものを作ること。2つ目はもっと大事で、どうやってそれを売るか。製造と営業のバランスをうまく取らなくてはならない。

 しかし、売り方には気を付けなければならない。紫波町産りんごを強調する代わりに、サイダーに対する「パッション」を強調した方が良い。

紫波の人達のために、紫波のりんごでサイダーを作り、紫波の人達に買ってもらいたい。

それは良い考えだ。盛岡のベアレン醸造所がうまく行っているのは、岩手に特化したから。銀河高原ビールがちょっとダメになったのは、県外の人に売り始めたから。北海道の花畑牧場という会社は、生キャラメルという商品で新しい市場を作り出し、大ヒットさせた。そこまでは良かったが、その後、全国のコンビニでも売り出し、それで売れなくなった。何が言いたいかというと、紫波には半径30km圏内に60万人という北東北最大の人口があるので、新しい市場を作りやすい、ということ。だから、まずは美味しいサイダーを作ること。

 味はとても大事。そしてかっこ良いと思わせる売り方。そうすれば売れると思う。ビールと戦うよりも、新しい飲み物だと言って新しい市場を作る方が良い。

僕達はワインのようなシードルではなく、ビールスタイルのサイダーを作る予定だ。

ビールのようなサイダーであれば、アルコール度数は低くてフルーツ風味だろうから、良いと思う。それは新しい市場を作ることになる。既存の「シードル市場」に参入して競争するよりも、新しい「サイダー市場」を作って独り勝ちした方が良い。

「メイド・イン・紫波」では売れない?

「紫波町産」を謳うのは大事かもしれないが、それだけでは売れない。

 パッションとは、例えば、フランスのボルドー地方では、ぶどうの特級畑は全て手摘みでなければ「グラン・クリュ」と名乗れない。それを聞いただけで、それ相当の金額を払う価値がある、と納得できる。

 パッションという言葉は適切な言葉ではないかもしれないが、良いサイダーを作る上で、良いりんごを育てるために良い土を作る、というところから考えた方がいいかもしれない。良いりんごを育てるために、土作りから始めるこだわり。サイダーのために土作りから始めるのが良いと思う。

 ボルドー地方では、ワイナリーはぶどうの搾りかすを酒税の代わりとして、隣りのコニャック地方に納める。コニャック地方では、その搾りかすからコニャックを作るという、非常にうまい仕組みになっている。紫波では、前町長が始めた「循環型まちづくり」の中で、サイダーを作った後のりんごの搾りかすをどう活用するかを考えた方が良い。そうすれば、サイダーのストーリーができる。

 しかし、それらは前面には出るものではない。逸話のままでいい。それが私が「パッション」と呼んでいるもの。こだわりを持つりんご農家、といった、それらのストーリーがサイダーを売る上で鍵になる。

 でも一番大切なのは、美味しいサイダーを作ること。そして、語れるストーリーがあること。

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